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夢と志をもった子を育むために
   −カンボジア・ウイグル・トルコの子ども達の生活から学ぶ−

                                            会員   横山正幸

T.今、日本の子ども達の育ちは
 豊かな国、日本では不登校、いじめ、キレる子などの問題だけでなく、一見健やかに育っているように見える、ごく「普通」の子ども達の心の問題がますます深刻化してきています。例えば、

@笑顔のない、抑鬱傾向の子ども達
 本来、子どもたちは熱でもあれば別ですが、そうでなかったら活発に行動し、泣いたり笑ったり生き生きした存在です。ところが、実態は次のように深刻です。


◆イライラしたり、ムカツクつくことが「よく」「時々」ある:小学5、6年生で84.2%(福岡県,2002)
◆夕食を食べたくないことが「よく」「時々」ある:小学6年生で45.2(福岡県宗像市教育委員会,2006)
◆眠れないことが「よく」「時々」ある:小学6年生で72.5%(福岡県岡垣町教育委員会,2002)
◆肩や腰が痛いと思うことが「よく」「時々」ある:小学6年生で79.1%(福岡県宗像市教育委員会,2006
◆とても疲れたと思うことが「よく」「時々」ある:小学5・6年生で83.2%(福岡県,2002)
◆何もしたくないと思うことが「よく」「時々」ある:小学5、6年生で68.7%(福岡県,2002)
◆生きているのがいやになると「よく」「時々」感じる:小学6年生で40.0(福岡県,2001)
◆経済開発協力機構加盟21カ国の子ども達(15歳)の比較調査によると、各国の平均7.4%に対して、日本の子どもの孤独感は29.8%で最も高い
 (UNICEF Innocenti Research Centre,2007)


A自尊感情(自己肯定感)の低い子ども達
 自尊感情というのは、自分に対する肯定的な感情のことを言います。自分はそれなりの能力と、良い面をもった大切な存在なのだという気持ちのことです。自尊感情の高い子は、精神的に安定し、何事にも積極的です。自分を律し、自分を大切にした生き方ができます。志をもって前向きに生きる子であるために最も重要な条件であると言ってよいで しょう。ところが、最近の子ども達はこの感情がとても低い傾向にあります。福岡県新社会推進部青少年アンビシャス運動推進室2008)が米国の心理学者ローゼンバーグの尺度を用いて16,141人の児童・生徒を対象に実施した結果は、次の図1のとおりでした。自尊感情の高い子の割合は、学年とともに下 がり、中学生では17.9%に過ぎません。


    図1.自尊感情の高い子の割合 (福岡県新社会推進部青少年アンビシャス運動推進室,2008)
                *得点分布10〜40において26点以上を自尊感情の高い子とした場合
図1.自尊感情の高い子の割合(福岡県新社会推進部青少年アンビシャス運動推進室,2008)


B学習意欲の低い子ども達 
 子どもたちが高い学力を身につけるためには、施設や設備などの教育環境が充実していること、教師の指導力が優れていることがもちろん大切です。しかし、どんな素晴らしい環境で、有能な教師が一生懸命教えたとしても子どものほうに学ぼうとする意欲、すなわち学習意欲がなくては、成果はありません。ところが、最近の子ども達はその学習意欲が大きく低下しているという事実があります。図2は、神奈川県の藤沢市教育文化センター(2006)が中学3年生を対象に1965年から5年おきに実施してきた調査の結果です。これを見ると、「もっと勉強したい」という生徒の割合は1965では65.1%であったのが2005年では24.8%と大幅に減少し、逆に「勉強はもうしたくない」という生徒は4.6%から22.1%へと5倍以上に増えています。


         図2.中学3年生の学習意 欲の変化(藤沢市教育文化センター,2006
図2.中学3年生の学習意欲の変化(藤沢市教育文化センター,2006)


 しかし、世界に目を向けると、生活は日本の子ども達と比較にならないほど貧しくとも、学校が大好きで、真剣な眼差しで先生の話に耳を傾け、未来に向かって夢をもち、一生懸命生きている子ども達がたくさんいます。これから説明するカンボジア、ウイグル、トルコの子ども達もそうした子ども達です。子どもがどのように育つかは、幼い時からの日々の生活のあり方と密接な関係があります。彼・彼女らの生活と日本の子ども達の生活とでは、どんな点が異なっているのでしょうか。以下では調査の結果に基づいて、特徴的な事実をいくつか紹介してみたいと思います。

U.カンボジア、ウイグル、トルコについて
(1)カンボジア
 カンボジアは、かつては今のタイ、ラオス、そしてベトナムの一部を含むインドシナ半島の大部分を領土としたこともある、高い文化を有する豊かな王国でした。しかし、19世紀末にはフランスの植民地となり、その後1953年に独立したものの米ソ対立の冷戦のなかで翻弄され、激しい内戦が長く続きました。その結果、独立間もない国は崩壊し、多くの人々が殺されました。この10数年、国連を中心とする各国の支援により治安も経済もかなり安定してきています。しかし、今なおその経済水準は非常に厳しい状態にあります。因みに国際連合に加盟している192ケ国の中で、わが国の一人あたりのGDP(国内総生産)は35,757ドル、世界第14位(2005年度)です。これに対してカンボジアのそれは430ドル (2005年度)で世界第154位、日本の83分の1です。また、日本の国家公務員の平均年収は51,900ドル(2005年度)ですが、カンボジアのそれは600ドル程度で日本の約87分の1に過ぎません。物価が低いとはいっても人々の生活は大変苦しく、子ども達の生育環境は決して恵まれたものではないと言ってよいでしょう。なお、カンボジア人の多くは仏教徒です。

(2)ウイグル
 ウイグルは中国の自治区で、その面積は日本の4.4倍。しかし、その61%余りは砂漠などの荒地です。ここにウイグル人を含めて漢人、カザフ人など13の民族が共存しています。人口は1,632万人余り。そのうちウイグル人は769万、すなわち47.1%を占めています。彼らの生活水準は中国の中でもかなり低い状況にあります。ウイグル人は漢人と人種的に異なるだけでなく、地理的、歴史的、宗教的背景によって独自の文化を持っています。ウイグル人の多くはイスラム教を信仰しています。義務教育は有償。子ども達の教育費は親にとって大きな負担となっています。また、小学校では1クラスの平均児童数は29名で、平均20.7名の児童に1人の教師が配置されています。授業時間は45分が1単位で、1日の授業は4〜7時限目まであります。

(3)トルコ
 面積は、日本の約2.1倍。 人口は5,647万人。国民の7割以上がトルコ人で、他にクルド人が1,000万〜1,500万人いると言われています。国民の98%がイスラム教を信仰しています。但し、トルコは1928年 以来政教分離の政策をとっています。政治体制は、共和制でNATO加盟国です。国民一人あたりのGDPは、3,130ドル。義務教育は小・中一貫の8年制。子どもの数に対応する教室がないのと教員の数が足りないため、午前と午後の2部授業が行われています。1クラスの人数は原則は30人ですが、実際には5060人のところもあります。そのため教室は狭く、子ども達が長椅子に3人ずつ座っているところもあります。


  ■カンボジア王国、中国・新疆ウイグル自治区、トルコ共和国の位置
カンボジア王国、中国・新疆ウイグル自治区、トルコ共和国の位置


V.研究の方法
(1)調査対象:カンボジア、ウイグル、トルコの小学生と中学生。
(2)調査の地域:カンボジアでは、首都プノンペンとその郊外の村、ウドン、タケオ市郊外、シェムリアップなど。ウイグルでは区都ウルムチ、ホータン、カシュガル、トルファンなど。トルコでは、首都アンカラ、イスタンブール、ブルサ、トラブゾン、アンタルヤ、エディルネ、ボドルム、ディアバクル、ワン、エルズルム、チャナッカレなど。
(3)調査の方法:学校や町中や家庭で出会った子どもにできるだけ自然にインタビューするという方法とアンケートによってデータをとりました。
(4)調査の主な内容:「学校に対する意識」「いじめや不登校体験の有無」「起床時刻」「就寝時間」「朝起きの状況」「放課後の生活」「お手伝」「遊びとテレビ視聴」「おこづかい」「親から叱られたり、ほめられた体験」「親に対する意識」「先生に対する意識」「将来の夢」「神様への三つの願い」など。
(5.)調査の時期:1996〜2008年にわたって行いました。



W.結果
(1)基本的生活習慣
 カンボジアの子も、ウイグルの子も、トルコの子も概して早寝早起きで、生活リズムがきちんとしており、日本の子ども達に比べてはるかに健康な生活をしています。起床時刻についてみる と、カンボジアの6年生では80.7%が、ウイグルの5・6年生では、88.2%の子が6時までに起床しています。しかも、ウイグルの子の場合、調査した全ての子が毎日自律起床していました。トルコの子ども達もカンボジア、ウイグルの子 どもほどではありませんが、日本の子どもに比べると早起きの子が多いと言ってよいでしょう。就寝時刻も日本の子に比べると驚くほど早いです。カンボジアの6年生では91.4%が9時30分までに寝ています。ウイグルの子も83.8%が9時前に床についています。トルコの5年生もほとんどが8〜9時の間に就寝し、睡眠時間は9〜10時間(平均9時間31分)となっています。図3は、私たちが支援しているカンボジアのポッ・ラック小学校の6年生の子ども達の就寝時刻を示したものです。

            図3.カンボジアの小学6年生の就寝時刻
図3.カンボジアの小学6年生の就寝時刻


(2)物の与えられ方
 カンボジアはもちろん、ウイグルもトルコも経済的には日本のように豊かではありません。したがって、日本の子ども達のようにお菓子、ジュース、おもちゃ、本、衣服など何でも欲しいものが何でも与えられるという子は滅多にいません。物の与えられ方が極めて制約されています。もちろんお小遣いをもらうことなどほとんどないと言ってよいで しょう。もらったとしてもウイグルやトルコ子ども達の多くは、おこづかいで鉛筆やノートを買うと述べています。ウイグルのホータンで会ったある12歳の男の子は学校から帰ると、毎日畑仕事を手伝い、たまに1元(13)のお小遣いをもらうことがあるが、それをためてノートや鉛筆など学用品を買うと言っていました。この点についてカンボジアの場合を調べてはいないが、おそらく同じであろうと思います。

(3)手伝い
 日本では、中学生でもほとんど手伝いらしい手伝いをしていないのが普通です。例えば、北九州市教委員会(2000)の調査によると、「昨日、何か家の手伝いをしましたか」という質問に対して、「全然していない」という子が中学2年生で63.4%もいます。
 カンボジアの子ども達は、例外なく家庭のなかで食事の準備、食事づくり、食事の後片付け、掃除、洗濯、お使い、子守など自分がすべき役割をもっています。このことはウイグルやトルコの子ども達についても全く同様です。こうした手伝い体験が幼いときから年齢に応じてなされているため、いずれの国の子ども 達も極めて生活力があります。因みにトルコの子どもは男女とも10歳頃までに
は簡単な料理を含むすべての家事ができるようになると言われています。なお、ウイグルやトルコでは仕事によっては、親と子が一緒に働いている場面がよく見られます。しかし、そうした手伝いをして親からお駄賃をもらうことはまずありません。

  汚水を捨てに行くウイグルの女の子  水くみの手伝いをするトルコの幼い子

  子守をするカンボジアの女の子  バザールで店の番をするトルコの男の子たち
  

(4)遊び
 カンボジアでも、ウイグルでも、トルコでも目を輝かせ、夢中で遊んでいる子どもたちの姿を見ることは珍しくありません。特にウイグルの子ども達は、学校でも地域でも鬼ごっこ、石けり、独楽まわし、縄跳びなどを活発に遊んでいます。それも1人2人ではなく、5人、6人、時には10人以上の子、そして大きい子、小さい子が一緒になって遊んでいます。中には弟や妹を抱っこっして参加している子さえいます。一方、トルコの学校では概して校庭は広くありません。しかし、子ども達は休憩時間になると、洪水のように教室を飛び出し、友達と集団で様々な遊びに興じています。ひとりポツンといるような子はまず見かけません。しかし、こうした遊びもありあまる時間があってのことではありません。人々の生活は、日本のそれに比べるとはるかに貧しく、子ども達も一家の生活の担い手の一人として一生懸命働いたり、手伝いをしています。また、ウイグルやトルコの先生や親も日本と同様、子どもの将来のためには勉強が大切だと考えています。当然そうなると、学校から帰って子どもがすることは遊びではなく、まず宿題や手伝いということになります。


  レストランごっこをするカンボジアの子どもたち  輪になって遊ぶトルコの子どもたち

(5)家族と地域の人間関係
 カンボジア、ウイグル、トルコ、いずれも家族や親戚間の心の絆が非常に強いことが注目されます。近所の人々との交流も非常に豊かです。そして、「幼老共生」の状態にあります。子ども達は、常にそうした豊かな人間関係ののなかで生活しています。なお、ウイグルとトルコでは家庭で父親は尊敬され、大黒柱的存在で権威があります。しかし、父親は単に厳しいだけではありません。非常に家族思いで、子どもを慈しみ、可愛がるという面があります。

(6)尊敬の意識
 李仲濱さん(2002)の調査によると、日本の小学校6年生の場合、父親を「とても尊敬している」という子が52.3%、先生を「とても尊敬している」という子が32.8%です。これに対してカンボジアの子どもではそれぞれ86.9%と74.4%で、日本よりはるかに高い割合を占めています。この傾向はウイグルとトルコの子ども達の場合も同様です。因みにウイグルの区都ウルムチの小学校5・6年生では、親を「とても尊敬している」という子が72.0%でした。また、トルコの4・5年生を調べた結果では、先生を「とても尊敬している」という子が97.6%を占めていました。これらの国では、子ども達は幼いときから親、老人、目上の人、先生を尊敬することをしっかり教えられています。また、親自身もそうした態度を日頃からとっています。特に親は先生を尊敬・信頼しており、日本のように先生を安易に批判・批評することはありません。そのため子ども達は先生を大変信頼し、先生の教えを素直によく聞きます。当然、授業中教師を困らせるようなことはほとんどありません。実際、インタビューしたウイグルのある中学校の教師(女性)は「生徒と接していて困ることは全くありません。教師になってよかったと思います。教育は楽しいです。」とさわやかに答えてくれました。図4は李仲濱さん(2002)が調べた日本の小学6年生の教師に対する尊敬意識の実態と筆者が調べたカンボジアの6年生の実態を比較したものです。

          図4.カンボジアと日本の小学6年生の教師に対する尊敬意識の比較
図4.カンボジアと日本の小学6年生の教師に対する尊敬意識の比較


(7)承認の体験
 子どもが自尊感情を高めるには、親や先生などからほめられたり、認められことが大切です。この点に関して日本の大人は子どもをあまりほめない傾向があります。結果として、子どもは承認の体験が少ないことになります。例えば、「カンボジア教育支援フロム佐賀」(2006)の調査によると、「両親からほめられたことがない」という中・高生がカンボジアでは0%であるのに対して、日本では33.8%もいます。カンボジア、ウイグル、トルコ、いずれの子ども達も承認体験は日本より多いようです。特にトルコの場合、親はもちろん親戚、隣近所、先生、時に通りがかりの知らない人までが子どもをほめる傾向があります。そのためかトルコ子ども達は非常に自己肯定感が高いという特徴があります。
 

 以上、カンボジア、ウイグル、トルコの子ども達の生活の一端を見てきましたが、今日本の子ども達にこうした生活はほとんどありません。しかし、思い出してみると、僅か40年前頃 までは同じような生活をしていたのです。豊かさのなかで私たちは忘れてしまいましたが、こうした生活が子どもの心の発達に及ぼす積極的な意味について、今真剣に考えてみる必要があるのではないでしょうか。


X.カンボジア、ウイグル、トルコの子ども達の生活から学ぶこと
 日本の子ども達がもっと学ぶ意欲や自尊感情を高め、夢と志をもって逞しく育っていくようにするには、どうしたらよいのでしょうか。この点に関してカンボジア、ウイグル、トルコの子ど も達の生活は次のことを教えてくれます。
 (1)睡眠、起床など生活のリズムを大切にすること。
 (2)ものの過剰な与え方を控えるようにすること。
 (3)幼い時から役割体験、手伝い体験の機会を豊かに与えること。
 (4)幼い時から外での異年齢の友達との遊びを豊かに体験させること。
 (5)家族はもちろん、親戚、近所の人な ど色々な人々とのふれ合いを豊かにすること。
 (6)目上の人や親、先生に対する尊敬の 心と態度を育むこと。
 (7)子どものちょっとした良さや伸びに目を向け、積極的に認めてやるようにすること。



■引用文献
カンボジア教育支援フロム佐賀 2006 カ ンボジア日本友好学園の生徒から学ぶ「生きる力」
北九州市教育委員会 2000  北九州市家庭教育意識調査
福岡県 2001  青少年に関する意識及び行動調査
福岡県  2002  子どもの遊び意識調査報告書
福岡県岡垣町教育委員会 2002  岡垣町の子どもの生活と意識の実態
福岡県新社会推進部青少年アンビシャス運動推進室 平成19年度自尊感情調査結果速報
福岡県宗像市教育委員会  2006  宗像市の小学生の生活と意 識の実態
藤沢市教育文化センター 2006  第9回「学習意識調査」報告書
UNICEF Innocenti Research Centre  2007  Child poverty in perspectiveAn overview of child well-being in rich countries
李仲濱 2002 日本と中国の子どもの尊敬意識の比較 教育実践研究 第10 113-120. 

■参考文献
松本壽通他(編著) 2007  提言:子育て問題を考える 日本小児医事出版
横山正幸(編著) 1998  いじめのない子どもたちの世界 北大路書房
横山正幸・横山あづま 2003  学校大好きー笑顔輝くトルコの子ども達ー 清流出版